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教室の沿革
ドイツ風の流儀を汲んで日本の細菌学は衛生学の中に含まれて成長した。本学で細菌学の名前が最初に現れるのは明治45年で、衛生学、細菌学教授上田計二に始まる。大正4年に金沢医学専門学校教授を拝命した児玉豊治郎は、なお衛生学・細菌学の教授となっていたが、大正12年4月から医専は医科大学に昇格し、大正12年5月従来の大学付属医専となった際、下條久馬一が医専教授に就任し、大正12年医科大学発足と共に細菌学教室は衛生学と分かれ、谷友次がドイツより帰朝、大正14年3月細菌学教授を拝命した。戦後ウィルス、真菌学を含んで微生物学教室と改称した。昭和34年に西田尚紀が金沢大学医学部微生物学教室教授に就任し、昭和61年に中村信一が教授となり、平成16年に金沢大学理事・副学長に就任した後(平成20年、国立大学法人金沢大学長に就任)、平成16年12月に清水 徹が、助教授より金沢大学大学院医学系研究科・細菌感染症制御学講座の教授に昇任した。その後、平成27年8月より大阪大学の特任教授であった藤永由佳子が就任し、現在に至っている。